緩やかな愛護グループ
「山手ネコロジー」結成の由来


現在、ここ☆☆学院構内のノラ猫たちは太っていて警戒心がない。
が、こうなるまでには、猫ボランティア個々人の物心両面に渡る献身があった。

これまでも構内を通り抜ける猫好きの人々を和ませてはいたが
餌をあげる人々はそれぞれバラバラにあくまでも個人的に
世話を続けていたらしい。不妊手術は殆ど施されてはいなかった。

数年前、栄区動物愛護協会のメンバーや、猫好きの教職員が学院側と話し合い、
学院からの資金援助を得てホームレス猫たちの不妊手術をどしどし行える筈、であった。
「山手ネコロジー」とは、希望に燃えてその時、J先生がつけた愛称である。

が、どうした展開からか、それを確約した学院側の人々は交代してしまい、
その時の約束の10匹近くの不妊手術費用はすべてJ先生の持ち出しとなった。
そうして、当時の「山手ネコロジー」構想は露と消えた。

その後も、捕獲できないままメス猫たちは出産を繰り返し、
仔猫たちはカラスに襲われたり多少育っても車にはねられたりする悲劇が絶えなかった。
惨状を見かねたM浦さん、M本さん、Y沢さんら、近隣ボランティアが
資金を出し合い、主にメス猫の不妊手術を進めてきた。

2001年暮れ、たまたま通りすがりに、ひどい風邪引きの赤猫キーちゃんに
出遭ってしまったS井は毎夜、投薬に通い始め、前述のボランティアさん達と
知り合うこととなり、必要な不妊手術活動を共に行ってきた。

猫たちの不妊手術問題、地域猫化、不明猫の情報交換などについて
これまでバラバラに動いてきたボランティアたちで、猫を中心に緩やかに纏まれないだろうか、
と思いつき、J先生に相談。

そうして2002年5月11日(土)、とりあえず顔合わせだけでも、と
J先生、M本氏、M浦さん、S井の4人が集まった。(議事録

とかく組織や団体はその構成員に対し楽しくない責務などを課し、拘束するものだが
「山手ネコロジー」はそうではなく、只々猫を愛する者たちが、
山手猫たち(近隣含む)の安寧を願って集う、そんなグループでありたい。

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