ノワール物語(2)

(2000年11月記)

ノワールの餌場 何者かが「階段ねこたち」に・・・・・!!!

安心できる餌やり場を求めて団地内を
さまよった末、この階段上右の
植え込み
の蔭に決定。
これは[猫階段」ではありません。
そうした或る日、上に「猫ちゃん」と書いた紙が貼ってあるゴミ袋がいくつも
ゴミ置き場に置いてあった、と、又しても娘さんからKさんへ通報。

驚いたKさんが管理人さんに、きいてみると、どうやら、何者かが毒餌でも撒いたか
殆どの階段ネコたちが殺害され、何故か先述のOさん宅のベランダ下に屍屍累々といった
状態だったとか。そこでOさんがゴミ袋に死体を詰め、環境事業局に連絡したとのこと。

「野良猫避妊問題」でのOさんの対応に怒りを抑えきれないKさんは「Oさんの仕業に
違いない!」といきまいたが、芯から優しいみちよさんは、「Oさんは外飼いにしろ、
野良に餌をあげたりするやさしさを持った人ではないか、どういういきさつでOさん方の
ベランダ下に猫の死体が山積みになっていたのかは分からないが、ちゃんと「猫ちゃん」と
書いて袋に入れ環境事業局に連絡までしたのだし、まさかOさんがわざわざ毒を盛るとは
考えられない」と反論。

・・・真相は藪の中・・・又、その頃、管理事務所前では
惨殺猫死体が転がっていたとか、ロクでもないことばかりが、起っていた。

階段ネコの餌にありつけず、はじき出されていた黒猫は、毒餌にもありつけなかった
のが幸いしてか、生き残った。
そうこうしているうちにみちよさん家のご主人が遠方に単身赴任、又、みちよさんは
静岡県の老親をたびたび訪問しなければならず、黒猫への餌やりにも不便を感じるように
なってきた。みちよさんには私よりもずーっと親しくしているネコもちの友人が沢山いるが、
ノラネコへの餌やりを手伝ってくれる人はおらず(ノラネコには餌をやらないポリシーとか)
思い余ったみちよさんは私に相談をもちかけた。

上の写真の階段は植え込みの右側

この窪みがノワール専用の餌場

2002年4月16日夜撮影
野良猫「ノワール」との初めての出会い
そうして、みちよさんと一緒に餌やり場へ行き、初めて、その黒猫にお目にかかったのが
丁度、1年前、1999年11月の初めだった。

みちよさんは適当な餌やり場を求めてさすらった末、人目を避けることが出来、
そこそこ雨露もしのげる場所として建物と通路の間の狭い植え込みに落ち着いた。

目立たぬように街灯のほのかな光も届かぬ暗い場所、そこで「シャーッ」と威嚇
し続けるみすぼらしい小さな黒猫を見た時には胸がギューッと痛んだ。

単に「くろちゃん」と呼ばれていたのを、すぐに「ノワール」(noir)と、名前だけでも
シャレたのをつけてあげることにした。

丁度、我が家の10年選手、ロミにもおともだちを、と、ぼんやり考えていた頃だった
ので前後の見境なく、是非このコを、と思ってしまった。

ところが、元祖餌やり人、Kさんが大反対、「もう何年も餌をあげてきたけど触ろうと
すると引っ掻くし、威嚇するし、とてもムリムリ、あのコは餌さえもらえれば野良で
しあわせなんです!」とのこと。しばらく様子をみることにした。

毛艶も悪く、仔猫と見間違うほど痩せて小さかったがみちよさんと私があげる餌を驚く
ほど大量に貪り食べた。猫缶大2個食べたのにまだ欲しい素振りで更に小缶3個!も
ひったくるようにして平らげたこともある。
決まった餌場に日が暮れると、どこからともなく現れ植え込みの蔭で待機するように
なった。1ヶ月ほど経つと「別猫」のように大きくなり毛艶も良くなり、かつてのみすぼらしさ
は微塵もなくなり、態度もデカクなってちょっと遅れると「オセーナー!シャー!早くこんか!
ファー!ハラ減ってんだよ、シャー!」とでも言うかのよう。「シャーッ!ファー!」しか
表現方法を知らず、今に至るまで、ごはんも「シャーッ!うめえなこれ、ファーッ!」と
言いながら食べる毎日。

それでも、いつしか、『優しさ』が服を着ているようなみちよさんに対しては、違う態度を
見せ始め、夕方になるとみちよさん宅への入り口階段下で待ったりするようになった。
夕方、手ぶらで出たみちよさんを追って(餌がもらえるかと)ワタクシ宅入り口まで付いて
きたことも数回あった。

みちよさんと私が餌容器を持ったまま喋っていたら遠くから鈴を転がすような、
か細いキレイな声で「早く、くれろ」と鳴いたので二人ともビックリ!

それを伝え聞いた元祖餌やり人、Kさんの口惜しがることといったら!
やはりみちよさんは畑正憲系の『動物使い』に違いない。

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